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2010年5月16日 (日)

描画的思考について

Cimg0459

絵画における前衛性を考えたとき、新奇なるものは、20世紀に出尽くしてしまった。モチーフの話ではなく、コンセプトも含めた手法の話として。だからまともに絵画史を意識したら、今日の芸術家は絵を描けなくなる。

その呪縛はとても大きく、僕が画家ではなく、機械表現を選択し、かつ電気屋のスタイルで発表するまでにいたったのは、その影響といっても間違いではない。

「そんな呪縛、無視して、好きに描けばいいじゃない」。

という意見には耳をかさない。もし僕がそれを最初に選択していたら、明和電機は生まれなかったし、魚器シリーズも、EDELWEISSも、オタマトーンも生まれなかった。それほど絵画史は、芸術家を純粋な創造性の境地に追い込む。だから面白いし、手ごたたえがある呪縛なのだ。

ただ。

今日は少し風邪気味のぼやけた睡眠の中で、気付いたことがある。絵画史が生まれるよりもはるか昔から、特殊な思考法として人間は絵を描いてきた、ということだ。

空を飛ぶものを作るのなら、紙の上に絵を描くよりも、紙そのものを折って紙飛行機を作った方が、はるかに現実的だ。にもかかわらず、人類は飛ばない飛行機の絵をたくさん描いてきた。それは、物理世界とはちがう理想が人間の中にはあり、それを簡単に取り出し、編集・構築することが、「絵を描く」ということで可能だからだろう。

言説的思考、数学的思考、と同じレベルで、描画的思考、というのがあることに気付いた。なにをいまさら、と思われるかもしれないが、シンプルにそのことを、この年になって気がついた。「気づく」というのは、大事なことである。効率化や演出ができるからである。

ほんと、この年になって、そんなものに出会うとは思わなかった。






























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描画的思考についてを参照しているブログ:

コメント

すごく分かる様な気がします。
「そんな呪縛、無視して、好きに描けばいいじゃない」
その呪縛、なんで無視できないの?と思った時期があります。
で無視してたら全く理解されなかった。笑
だから明和電気さんのような活動にとても影響された時期があった。
そんな記憶が魚コードストラップをつけさせたり、子供にオタマトーンで遊ばせたりさせてるんだと思う。
これからも増々のご活躍をして、面白いと思える世界を作っていってくださいね!!!

「タブローは終わった芸術」なんて言う人もいますよね。でも描画的思考は確かに人間にとって生得的な方法だから、終わりなんてないと思います。

でも最近、私は自分のイメージを視覚化しつつ想像性を働かせて創造する、描画的思考よりも、イメージを触覚と視覚の両方から練り上げて創造する、手工的思考が自分にあっている(楽な)ように思うことがあります。

美術科教育の研究者のビクター・ローウェンフェルドは、子どもの表現には視覚型と触覚型とがあると言っているので(個人の型式がどちらか一方という意味ではなく)、そのような事柄とも関係があるのかもしれません。

それから、大学などで美術家教育を受けた人に、スケッチをすることがすべての根本のように指導されている人は多いと思います。はじめから「手で考える」ことも大切だとおもいます。

脈絡もなく綴ってしまい、すみません。失礼します。

絵画の様式について、20世紀で 出尽くしているという事はありません。
 絵画芸術は 人間が 生きる為にあるものです。時代の変遷にしたがって、様式の変化を 賢者によって要求されると思うのです。私のホームページを御参照ください。そして、御意見を承れれば 幸いです。
 貴社の発展を祈ります。        島田 勇

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